『只管打坐』とは、曹洞宗の開祖である道元が自らの著書である『正法眼蔵』で説いた座禅観のひとつです。
雑念を捨ててただひたすら坐ることが、身も心も一切の執着を離れた『身心脱落』という悟りそのものであると道元は説きました。
この記事では、曹洞宗における座禅観「只管打坐」について、以下の内容をわかりやすく解説します。
- 「只管打坐」の意味や由来
- 「身心脱落」という悟りの境地
- 「只管打坐」の実践方法や効果
- 「マインドフルネス瞑想」や「他の宗派の座禅」との違い
この記事を読んで、「座禅」に興味を持っていただけると嬉しいです。それでは早速見ていきましょう。
只管打坐とは?意味とその由来
只管打坐の意味
只管打坐は、曹洞宗の座禅観を一言で表した言葉です。只管とは「ただひたすら」、打坐とは「座禅をする」という意味であることから、只管打坐とは「ただひたすらに座禅を行う」ということを意味しています。
なお、「打坐」の「打」は、「打つ・hit」という意味ではなく、中国語で「ただそれだけ」という意味を強調する働きがあります。
つまり、「座禅は何かを求めて行うもではなく、座禅をしている状態そのものが悟りの体現なのだから、何も求めずただひたすらに座禅に打ち込め」と道元は言っているのです。
「只管打坐」と「身心脱落」
「只管打坐」は道元の教え
「只管打坐」とは、日本の曹洞宗の開祖である道元(1200年~1253年)が説いた教えであり、曹洞宗の座禅の本質を表す言葉です。
道元は、若くから座禅の修行に熱心で、17歳のときに京都の建仁寺で栄西の弟子である明全和尚に師事しました。しかし、日本の座禅に満足できず、23歳で宋(中国)に渡ります。
道元は、宋のさまざまな寺を巡り、天童山にて正師となる如浄(にょじょう)に出会います。
道元は、「如浄こそが自分が求めていた師である」と直感し、彼のもとで修行する過程で、ついに如浄の「身心脱落」という言葉を聞いて悟りを開きます。
その後、28歳で帰国し、曹洞宗の布教を行い、京都の宇治に日本初の曹洞宗の道場「興聖宝林寺」を建立するとともに、現在の曹洞宗の大本山である「永平寺」を開基しました。
道元が辿り着いた「身心脱落」の境地
道元が悟りを開くきっかけとなった「身心脱落」とはどういった意味なのでしょうか。
身心脱落を簡単に言えば「身や心のに対する一切の執着(自我意識)を手放す」ということであり、「私が、私が…」というすべての自己意識から解放された状態を指します。
道元は、正法眼蔵において、「佛道をならふといふは、自己をならふなり。 自己をならふといふは、自己をわするるなり」と説いています。
すなわち、「自己を忘れ無我に徹したときに仏性(悟り)が現れる」というのが、道元(曹洞宗)の教えです。
正法眼蔵における「只管打坐」と「身心脱落」の関係
道元が説いた教えのひとつに「修証一等」という言葉があり、修証一等の「修」は修行(座禅)、「証」は悟りを意味します。
一般的には、修行(座禅)は悟りを得るための手段と考えられますが、道元は修行と悟りを区別せず、同じものとして捉えました。
そのため、修証一等とは、座禅は修行であると同時に、座禅をしている状態そのものが悟り(座禅=悟り)であるということを意味します。
つまり、只管打坐を行うことで、身心脱落し悟りが開くのではなく、ただひたすらに座禅をすること自体が悟りの体現であるというのが道元の教えであり、曹洞宗の宗旨です。
只管打坐の「やり方」と「必要な道具」
只管打坐(座禅)のやり方
ここでは基本的な只管打坐(座禅)のやり方を簡単に3ステップで紹介します。
座禅は誰でも、どこでもできるもの。難しく考えずにまずは始めることが大切です。
ステップ1:座り方(足の組み方)
座禅での足の組み方は、「結跏趺坐(けっかふざ)」「半跏趺坐(はんかふざ)」が一般的です。
- あぐらを描くように座り、左右の足の裏を上に向け、それぞれ反対の足の付け根に足の裏を乗せます。
- 片方ずつ両手で足を乗せるようにし、両膝は地面につくのがポイント。
- 結跏趺坐が難しい場合、半跏趺坐を試してみましょう。
- 結跏趺坐と違い、左右どちらかの足だけをふくらはぎあたりに乗せましょう。
しかし初めて座禅をする方にとってこの姿勢を保ことは難しいかもしれません。
そのような場合は、姿勢にこだわり過ぎず、自分の姿勢が安定する形で座禅に取り組みましょう。座禅は集中することが何より重要です。
なお、座禅の組み方については、以下の記事で詳しく解説しているので、参考にしてください。
ステップ2:手の組み方
手は「法界定印(ほっかいじょういん)」と呼ばれる形に組みます。
- 座禅中の代表的な手の組み方。
- 右手のひらの上に左手を重ねて、組んだ手を足の上に置く。
- 上に向けた手のひらと左右の親指で卵型をつくる。
なお、座禅の手の組み方については、以下の記事で解説しているので、法界定印について詳しく知りたい方は参考にしてください。
ステップ3:呼吸法
集中できる姿勢で重心が安定したら、次は呼吸を意識します。
肩の力を抜き、鼻でゆっくりと深い呼吸を一定のリズムで繰り返します。
座禅では「数息観(すそくかん)」という方法で呼吸をします。息を数えることで呼吸に集中しやすくなり、心を落ち着かせることができます。
(道元の教えでは、座禅中に呼吸を特別視して数えることはしませんが、初心者の場合、呼吸を数えると集中しやすくなるのでここでは数息観について解説しています。)
1つ、2つと呼吸を数える方法。10まで数えたら1にまた戻り、くり返し数える。
例:「ひとー」で息を吸い、「つー」で息を吐く
只管打坐(座禅)に必要なもの
座禅に必要な道具はほとんどありませんが、以下の二つを準備することで座禅を続けやすくなります。
- 坐蒲または座布団
- 線香、線香立て
坐蒲または座布団
坐蒲とは、座禅をするための座布団・クッションのことです。
正しい姿勢を作るためにも、坐蒲または座布団は必ず用意するようにしましょう。
坐蒲・座布団を用いることで正しい姿勢をキープすることができ、座禅を続けやすくなります。
なお、坐蒲は曹洞宗では円形、臨済宗では長方形状のものが使われています。
線香・線香立て
線香は、座禅の時間経過を測るために使います。
タイマーや時計を見ながら座禅をすると、時間を気にして集中が途切れてしまいますが、線香であれば座禅に没頭することができ、また線香の香りにはリラックス効果もあります。
必要な道具についてもっと詳しく知りたい方には、「座禅に必要な道具とは?初心者がまず揃えるべきおすすめグッズを紹介|座布団・坐蒲・線香」の記事も参考にしてみてくださいね。
只管打坐の効果とメリット
只管打坐は、何かを得るために行うものではありませんが、副次的な効果として、心身の健康にポジティブな効果が期待できます。
その効果は精神的なものから身体的なものまで多岐に渡りますが、ここでは「①ストレス軽減」「②睡眠の質改善」「③集中力の向上」ついて解説します。
①ストレス軽減
只管打坐(座禅)の効果で最も有名なのが「ストレスの軽減」です。
では、なぜ座禅を行うことでストレスが軽減されるのでしょうか?そのカギは、「自律神経」にありあります。
自律神経とは
自律神経系とは、体の様々な機能を自動的に調整する神経系のことです。
自律神経系は、「アクセルのように活動性を高める交感神経」と「ブレーキのように活動性を落ち着かせる副交感神経」の二つから構成されています。
自律神経系は、内臓や血管などの器官の働きを調整しており、この二つの神経のバランスによって、健康が保たれています。
しかし、ストレスフルな状態が続くと、バランスが乱れ交感神経が過剰に働くことがあります。その結果、不安や緊張、イライラなどのネガティブな感情に支配されたり、睡眠障害や免疫力低下などの心身の健康に問題を引き起こします。
只管打坐(座禅)と自律神経系の関係
自律神経を整える方法のひとつが「一定のペースで行う深い呼吸」です。
深い呼吸を一定のペースで繰り返すことで、「交感神経優位な状態」から「副交感神経が優位な状態」へ切り替わり、自律神経が整います。
座禅を実践すると自然と呼吸が深くゆっくりしたものになり、一定の時間この呼吸を繰り返すため自律神経が整い、心がリセットされます。
これが、座禅には自律神経系の乱れを正常に戻す効果があると言われる理由です。
なお、「緊張するときは深呼吸しよう!」というのもこの原理を利用したものです。
②睡眠の質改善
次は「睡眠の質の改善」についてです。
睡眠は私たちの健康にとって必要不可欠なものですが、さまざまな要因でよく眠れなくなったり、不眠症に悩まされる人が増えています。
睡眠の質を高めるには、睡眠ホルモンと呼ばれるメラトニンおよびその原料となるセロトニンが重要であり、座禅はこれらに良い効果を与えます。
セロトニンとメラトニン
脳内には、神経細胞間で情報をやりとりするためのさまざまな物質があります。これらを神経伝達物質と言い、メラトニンやセロトニンも神経伝達物質の一種です。
そして良質な睡眠には、メラトニン(別名「睡眠ホルモン」)物質が欠かせません。
メラトニンが十分に分泌されると、入眠がスムーズになるとともに睡眠が深くなるため、ぐっすり眠れるようになります。
そして、このメラトニンを生成するための原料となるのがセロトニン。セロトニンは朝起きたときから分泌が始まり、日が沈む夕方まで分泌され続けます。
メラトニンは、日中に作られたセロトニンを材料として生成されるため、日中に適度にセロトニンを分泌することで、夜にメラトニンの生成が促進され、より快適な眠りに着くことができるのです。
つまり、良質な睡眠を得るには、日中に充分な量のセロトニンを作っておくことが大切です。
只管打坐(座禅)とセロトニンの関係
セロトニンは、日光や運動などによって分泌されますが、分泌量を増やす方法のひとつとして、リズム運動も効果的です。
リズム運動とは、一定のペースで繰り返し行う運動のことで、ウォーキングやジョギング、サイクリングなどが代表的です。
座禅の呼吸もリズム運動の一種で、ゆっくりと深い呼吸を一定のリズムで行うことでセロトニンの分泌を促すことができます。
ある研究によると、リズム運動を始めて5分くらいからセロトニン濃度が高まりはじめ、20〜30分でピークに達し、その状態が2時間ほど持続することがわかっています。
ただし、セロトニン神経を強化するには数週間から数か月かかるため、リズム運動は毎日続けることが大切です。
③集中力の向上
最後は「集中力の向上」についてです。
座禅を継続すると、脳の「前頭前野」と呼ばれる部位が活性化することが医学的に証明されています。
前頭前野は、集中力やコミュニケーション力を担う部位であり、前頭前野の機能が低下すると注意力が散漫になったり、論理的な思考ができなくなったりと現代人として重要なスキルが損なわれます。
仕事や勉強のパフォーマンスを向上させたい方は、短時間でもいいのでぜひ座禅に取り組んでみてください。
なお、座禅の効果について詳しく知りたい方には、以下の記事に詳しくまとめているので、参考にしてください↓
只管打坐とマインドフルネスの違い
マインドフルネスとは
マインドフルネスとは、「今この瞬間」に意識を集中し、ありのままの自分を受け入れることです。
マインドフルネスは、仏教の瞑想法に由来しており、「念(サティ)」という仏教用語を英訳したもの。
このような心の状態を作り出すための瞑想法が「マインドフルネス瞑想」です。
マインドフルネス瞑想を行うことで、雑念が消えて集中力が向上したり、ストレス緩和の効果が期待できます。
その効果は科学的にも証明されており、Google、Apple、Yahooなど、多くの世界的な企業が「マインドフルネス」取り入れています。
只管打坐(座禅)とマインドフルネスの違い
「只管打坐」と「マインドフルネス」の基本的な意味がわかったところで、その違いはなんでしょうか。
効果や方法など共通する部分も多くありますが、大きな違いは「目的」です。
仕事で成果を上げたい、ストレスコントロールをしたい、など「マインドフルネス」では何かを得るのが目的です。
一方、「只管打坐(座禅)」は、何かを得るのが目的ではありません。
何か目的があって座禅をするのではなく、何も求めずにただひたすらに座る、それが只管打坐です。
只管打坐(座禅)とマインドフルネスの共通点
座禅とマインドフルネスには、目的に違いがあることがわかりました。
ただこの2つには多くの共通点もあります。それは「効果」です。
座禅とマインドフルネスに共通する効果がこちら。
- ストレスの軽減
- 不安・悩みがなくなる
- 前向きな気持ちになる
- 集中力・記憶力の向上
- 理解力の向上
- 仕事の能率が上がる
- 胃腸の働きが良くなる
座禅やマインドフルネスなどの瞑想をスピリチュアル的なものと捉えている方もいるかもしれません。
しかし瞑想の研究は世界中で行われており、瞑想を行うことがストレス軽減や、不安のコントロール、記憶力と注意力の向上など多くのポジティブな影響を与えることが研究結果にも示されています。
座禅の効果については以下の記事で詳しく解説しています↓
只管打坐(座禅)とマインドフルネスどちらを選べばいいのか
座禅とマインドフルネス、どちらを選べばいいのか悩む人もいるのではないでしょうか。
ここでは基本的な考え方を紹介するので、参考にしてみてください。
「ストレス解消・不安の軽減・姿勢の改善」が目的なら座禅
座禅では姿勢を正し、無心で坐ることを行います。
そのため
- 日常的にストレスが多い
- 不安や悩みで頭がいっぱいになってしまう
- 気づいたら姿勢が悪くなっている
これらの悩みを抱えている人には、座禅がおすすめです。
「人生というものは現在の瞬間でしかない」というのが仏教の考え方です。
昨日の自分や明日の自分にこだわる必要はなく、与えられた現在、今を一生懸命に生き抜けばいい。
今日心を入れ替えれば、その瞬間から変わることができる。
そういった考えが、座禅を行うことで身についていきます。
そうすると、自然とストレスや悩みに対しての考え方が変わり、また姿勢もだんだんと良くなり心身ともに健康に近づいていきます。
あわせて読みたい
「仕事のパフォーマンス向上」が目的ならマインドフルネス
マインドフルネスは、心を「今」に向ける瞑想方法です。
そのため
- 高いパフォーマンスを発揮したい
- 頭をすっきりさせ良いアイディアや発想を得たい
- コミュニケーション能力を高めたい
こういった効果を求める方には、マインドフルネスがおすすめです。
マインドフルネスは仏教の瞑想法から由来しているため、座禅と似ている部分もあります。
しかし座禅と違い、姿勢に決まりがないので、楽な姿勢をとり呼吸に集中してみることから始めてみましょう。
座禅とマインドフルネスの違いについては、こちらの記事にまとめているので詳しく知りたい方は参考にしてください↓
「曹洞宗」と「臨済宗」の違い
「曹洞宗」と「臨済宗」の共通点
曹洞宗と臨済宗は、禅宗の一派として鎌倉時代に日本に伝わった仏教の宗派で、非常に近しい関係にあります。
禅宗の開祖は達磨大師であり、 理論的な考え方よりも座禅を中心とした実体験を重視しています。
曹洞宗と臨済宗の主な共通点を簡単にまとめると以下のとおりです。
- 悟りとは、自分が本来持っている仏性に気付くこと。
- 言葉や文字などの経典に頼らず、実体験を重視(不立文字)
- 日常のふるまい全てを修行と捉える(行住坐臥)
「曹洞宗」と「臨済宗」の違い|黙照禅の曹洞宗、看話禅の臨済宗
続いて、同じ禅宗である曹洞宗と臨済宗の違いはどこにあるのでしょうか?主な違いを3つ見てみましょう。
項目 | 曹洞宗 | 臨済宗 |
---|---|---|
修行観 | ただひたすら座ること(只管打坐)で悟りを開く | 公案の解を追い求めることで悟りを開く |
座禅のスタイル | 黙照禅(黙ってただひらすらに座禅に没頭) | 看話禅(公案の解を追及) |
座禅の組み方 | 面壁座禅(壁に向かって座禅を行う) | 対座座禅(人と向かい合って座禅を行う) |
まとめ
この記事では、座禅の究極形とも言える「只管打坐」について、その意味や語源、やり方、効果、マインドフルネスや他の禅宗との違いなどを解説しました。
只管打坐とは、雑念を捨ててただひたすら座禅をするということであり、その姿こそが身も心も一切の執着を離れた「身心脱落」という悟りそのものであると道元は説いています。
今日では、マインドフルネスが話題になっていますが、これも禅の思想を取り入れた瞑想方のひとつであり、作法や目的に違いがありますが、どちらも自分自身と向き合うことができる貴重な時間です。
忙しい日常だからこそ、自分と向き合う時間を意識的に作るために、座禅などに挑戦してみてはいかがでしょうか。
最後に座禅についてもっと詳しく知りたい方は、ぜひこの記事も参考にしてください↓